| 初恋、いつの時代のことか、どんな状況のことを初恋と呼ぶのか解らないが、誰しも初恋と呼べるものがあると思う。私の場合どれが初恋なのか、多すぎてワカラナイ?!!
先回は中学までの話を書いた。今回で私のいい加減な初恋物語はおわりである。初恋は人それぞれに違うものだけど、今までのどの女性と結婚してもおかしくないくらい夢中になった。それは単なる浮気性ではないか・・・と思うかもしれないが、それこそ、人それぞれですから・・・。
その後、高校3年になるまでわたしの恋愛は冬の時代を過ごさなければならなかった。・・・つづく
・・・のつづき
さて、無事高校にも入学して、今度こそ彼女でもできればいいなぁ・・・などと考えていた私にとって、それは甘い考えだよと神様が囁いた。
卒業してほぼ30年たったわが母校は私の在学中は圧倒的に女性の数が少なかった。工業高校じゃあるまいし、普通科の高校を選んだのに、女性は学年で15%くらいの人口比率だった。実際に10クラス中女性がいたのは3クラスだけで卒業するまで男性ばかりで男子校のようだったという同窓生もいる。(注:1)
一年生のときは男子ばかりでつまらない一年をすごしたが、二年になるとき文系か理系かを選べといわれて各々5クラスづつそれぞれにわかれた。ここで文系を選んだ私は理系で1クラス文系で2クラスという女子のいるクラスへ割り振られたのだ。2年生から3年生へはスライドしてクラス替えはしない。神は見捨てていなかった。
別に女の子目当てで高校に入ったわけでもないが、いっぺんに春が来たような気がした・・・が、周りを見るとすべてが美人女子高生な訳はなく。まぁ・・・それなりに・・・。
今はカリキュラムにあるかどうかわからないが、文系には「書道」という時間があった。私は結構面白かった気がするが回りからは不評だった。(注:2)私がお気に入りのわけはもうひとつ実はあって、それはその時間だけ別の教室(書道室?)で普段とは席順が違い、二人一組となる机の順番はまず男子の苗字のあいうえお順それから女子のあいうえお順となっていたからだ。
苗字の後ろの男子何人かは苗字の前の方の女子何人かと2人がけの机に座ることになるのであった。今で言えばラブシートか・・・そんなことはない。
そのときだけ私は父方の姓を賜ったことを感謝した。
となりに座っていた女の子はM※KOという子で猫のような名前で、男も女もみんな名前で呼んでいた子だった。そこそこかわいい子でした。
そこで、私はM※KOに夢中になっていくのでした。どうしてと聞かれてもよくわからないのですが、たまたまお近づきになれたというだけで、この過当競争の世の中はチャンスをゲットしなければいけないと感じたのかもしれません。それも受験を控えた3年生になってからなぜか目覚めたようです。当然、付き合ってくれというようなことも言ったと思うし、毎晩のように電話もした気がする。当時彼女の住んでいたところは市内ではなく郊外だったので電話代も市外扱いで、電話代が高くついて親に怒られた記憶がある。今も昔も世代は代わってもこの辺は変わらないのじゃなかろうか。
そんなことで付き合うでもなく、一緒に帰ったり、それもぶらぶらと古町まで昭和大橋渡って歩いていったり、そこから彼女はバスに乗るのだけれど、最終が6:50分だったりする。そんなんありか?と今では思うが、当時の一高校生である私としては新潟交通にダイヤ改正を申し込むなどと大胆なことはできずに、ただ呪うだけだった。
時折喫茶店に行ったり、早朝デートをしてみたり、彼女の家へ突然たずねていったり、なんだか今思うと馬鹿なことをしていたなと思うそれでも彼女は私の申し入れにYESでもなくNOでもなく・・・そんな日々が続いた。
今でも覚えている情景がある。
学校が終わって帰るとき雨が降ってた。「傘持ってるの?」と彼女がいうので「ううん」というと「しょうがないわね」といって傘に入れてくれた。当時、相合傘なんてするやつなぞ周りにいなかった。戦前の話ではないが、当時はまだ男女関係はそんなものだった。実は傘は教室においてきた。
わたしとM※KOが付き合っているかどうかは周りの連中もいぶかしげに感じていたらしく、どうなの?とか、うまくいってるのか?とか、彼女のともだちからも、もちろん私の悪友からもそれとなく言われていたが、どっちも話を濁していたような気がする。
だから私とM※KOが相合傘で帰るところを見た連中は拍手喝さいだった。他に面白いことがなかった時代なんでしょう。すごく恥ずかしかったが、M・KOは全然平気なようだった。
たぶんM※KOが言い出したと思うのだが、当時の高校の前にボート部のボート小屋に通じる草むら(原っぱ)みたいなところがあって、そこは放課後の息抜き場でよく悪友連中とタバコを吸いに行く場所でもあるのだが、そこへ行くことになった。その日はあいにくの雨で幸いにも他に誰もいなかった。
周りは草だらけなんだけど植林されているらしい木が細いながらもきちっと区画されて植えられている。雨といっても小雨で時にはやんだりまたポツポツというくらいの空模様だったので、わざわざ相合傘でいることもなかったんだけど、M※KOはその場所に着くと傘を放り投げて思いっきり背伸びをして私をおいてずんずん先に進んでいった。わたしより3メートルくらい先をいったかと思うといきなり振り返って微笑んだ。
「なんだかいらいらするね!」
雨でぬれている草木はきれいに見える。そのなかで「見返り美人」みたいに振り返ってこちらをみて微笑んでいるM※KOもきれいに見えた。
普段はおとなしく、美人というより可愛いタイプと思っていた私はそのときM※KOが彼女のなかで何か吹っ切れたのではないかという気がした。もちろんいつも見るよりきれいに見えた・・・いやいやいつもきれいですけど・・・普段とは違う美しさというか・・・大人の美しさというか・・・(何言い訳してるんだか・・・)
とにかく、その日のM※KOはいつもと違うM※KOだった。それは相合傘で周りから冷やかされても平然としていた時からホントは気付くべきだったんだろうけど、私はまだ少年でただポカンと口を開けて目の前の大人の女性とその美しい情景を見ていただけだった。そしてM※KOとは一回しか行ってないその場所、その情景は30年たった今でも脳裏に焼き付いている。
10年くらい前に同級会があり、M※KOの方からそのときの話をされたときはびっくりした。
「あの場所まだ残っているかな?」と言われたのだが
「何年か前に行って見たけどなかったよ。とっくに宅地になっていた」 というのが私の答え。
他の連中との話題にはならなかった。ちょっと二人だけの秘密みたいでうれしかった。
当時の情景がまざまざと思い出されました。
その場にYAMA......というやつがいて、こいつは同級生で唯一「高校の先生」になった大ばか者ですが、そいつが言うには
「なぜか俺、おまえと一緒にバイクでM※KOの家まで行くのにつき合わされたんだよな・・・覚えてる?」
そんな昔のことは忘れました。
注:1 いまでは女性の方が多いそうです。よい世の中になりましたね。
注:2 書道の先生は中年のおじさんで可愛そうでした。生徒からは進学に必要ないと言われ、でも私は好きでした。先生ではなく書道の時間がです。あくまで。あの時教わった書体の一部は花押として今も生きています。 |