| 初恋、いつの時代のことか、どんな状況のことを初恋と呼ぶのか解らないが、誰しも初恋と呼べるものがあると思う。私の場合どれが初恋なのか、多すぎてワカラナイ?!!
先回、「鈴木しず子」先生の話を書いた。余談だがそのころ(小学3〜4年生)「しずこ」と「すじこ」をどうしても混同してしまって、今でも「筋子」を見る度、鈴木先生は思い出さないが、「すじこ」だったっけ?「しずこ」だったっけ?と自問自答してしまう。TVCMで・からしれんこん・・からしれんこん・・・いがらしれいこ・・・というのがあるが、それに近い!とその時も「筋子」を連想してしまった。
で・・・、中学生の頃中学で一緒だった「W.みさこ」という子と「M.むつこ」という子がいた。それぞれ学級内では副委員長と副学習委員だった。女の子だからそれぞれ「副」がついたのだが、クラスで頭の好い順、1、2番という事の証しみたいな役職?だった。今はどうなんだろう?男女差別にあたるから「副」とかはないのかな?わたしは何委員だったかも覚えていない。
みさこさんはおっとりしたお嬢さんタイプでいかにも育ちがよさそうな感じ!むつこさんも同じ感じだけど、みさこさんよりちょっときつい感じだった。どちらもいいとこのお嬢さんのように見えたが、だいぶ大人になってから、みさこさんは当時、長家くらしであまり裕福ではなかったらしい。
逆にむつこさんは事業家の娘で結構裕福だったらしいけど実家はお兄さんが継いで、本人は他家へ嫁に行ったと聞いた。(みんなそうか・・・)でも、金持ちは金持ちと結婚するというから、相手も実業家かなにかでは?とわたしは未だに勘ぐっている。
みさこさんとは修学旅行の時に列車の中で向い合わせの座席になって、おにぎりを交換したことがある。こっちは心臓バクバクで、(おにぎり交換なんて初めて)確か、2個くらいづつ持っていたうちの1個を交換したんだろうとおもう。最初に自分の母親の作ってくれたおにぎりを食べた。
当時の我が家のおにぎりはなかなか噛みきれない「のり」と種つきシソの葉つき「うめぼし」内臓があたりまえだった。小学校、中学を通して硬式野球ボールをちょっとつぶしたような形状の粗悪おにぎり(お袋よごめん!)を食べ続けていたのだから、自分ながらたいしたものだった。(もともとお袋は料理はからっきしだめで、一家中が暗く沈んだ「シチュー事件」というのもあったのだが、それはまたいつか・・・ちなみに掃除もへたで得意は洗濯だった。わたしは料理、洗濯、掃除が自分よりうまい・・・という嫁選びの選択肢をこの時、既に得ていた。)
先に粗悪おにぎりを食べたせいで、みさこさんと交換したおにぎりを食べた時、のりは「ぱりぱり」うめぼしは「種なし」同じような形をしたおにぎりがこんなにも違うのか?というカルチャーショックとともに血糖値があがり「恥ずかしい」という文字が頭の中をかけめぐった。
みさこさんは何でもなかったようにニコニコしながらわたしのおにぎりを食べてくれたが、おいしいものを食べたあとにまずいものを食べるという事は地獄だと思う。逆パターンのわたしは天国だった。あとになって思う事、みさこさんのお母さんはりっぱな人だ。でもあのおにぎりはみさこさんが作ったのかもしれない・・・。おにぎり交換だって誰もがしていたわけではない。当時の中学生としてはかなりませている。
彼女だって好意がなければおにぎり交換などしなかっただろう。今はそう思って自己満足に浸っているが、と同時に恥ずかしかったという思いも未だに燻っている。それ以降、みさこさんの記憶はない。風のうわさで新潟では上位の某女子高を卒業して新潟では有名な某家電販売会社に就職したとか・・・その後の消息はわからない。
時代考証:おにぎりについて当時のおにぎりは現在のように三角だとか、いろんな形ではなくボールそのものだった。当時の家庭ではどこも同じだったと思う。また、中味もうめぼしが当たり前で、ちょっと後くらいになってシャケだのつくだ煮だのが登場した記憶がある。
(問題は素材である)それにしても、種無し(というより抜くんだけど)うめぼしは画期的だった。その後、インスタントラーメンが出始めた時、お袋がはりきって作ってくれたのは覚えている。
高校に入りたての頃、悪友に恋の悩みを打ち明けたら、むつこさんの家へ電話をして告白しようということになってしまった。なぜむつこさんだったのかわからないが・・・夜、家の近くの公衆電話ボックスへ2人で行った。悪友は律儀にも家が逆方向にもかかわらず。つきあってくれた。向こうにしてみれば「おもしろ半分」だったのかも知れないが、こっちは夜、女の子の家へ電話するなんてのは初体験だったし、なにしろ結果が出てしまったら人生における失恋一発目ということになるわけで、今、思うとばかばかしい感じはするけど、けっこう「マジ」だったと思う。
小学生、中学生のころは「なぁ〜んとなく」ほんわかした感じこれが「恋」と呼ぶものかどうかも判らない状態での女性との接触だったが、今回はちょっと大事(悪友も巻き込んだことだし・・・)と思った。また、ある程度、勝算?もあったと思う。中学の時同級生で、高校は別々になったけど相手は女子高だし、こっちも女子はいたけど、人数が少ないのでほとんど男子高だし、などとへんな理屈を考えていたのかもしれない。
電話しました。告白しました。今思うと吹き出しそうなんだけど、最初はうまくいったんだよね。休みの日どこかで会おうと言ったんだと思う。1対1はちょっとと言うので、友達と一緒でもいい?という問いに思わず電話ボックスの外でうろうろしている悪友を見て、こいつでいいかとも考えた。
ダイワデパートの前で待ち合わせてダブルデート!映画でも見て、御飯でも食べて、その後のことは考えられなかったけど、次のデートは1対1で・・・なんて考えていたんだと思う。 今、思うに話が長過ぎたのが失敗だった。うだうだといつまでも話なんかしないで約束を取り付けたらさっさと電話を切って、相手に断る隙を与えなければよかった。そのうち「やっぱり、やめときます」とい言葉とともに電話は切れた。
悪友はオレの役目は終わったと言わんばかりにチャリンコに乗って去っていった。それでも友情は消えなかったが、以前よりドキドキした感情の「恋?」とも呼べる第一ラウンドは終了した。
その後、同級会で一度、お会いした。高校を卒業して2年くらいった頃だと思う。こっちは半分遊び人みたいな大学生。あちらは高校を出て、新潟では一流の銀行の計算機センターに勤務していた。そのころのわたしの立場であればみんなそう思うように、むつこさんは2つも3つも年上のように思えた。
つまり、大人ということ・・・イコールつり合わない・・・電話での一件も話題になった。行こうと思う気持ちと困ったなという気持ちと半々だったようなことを言っていた。少し救われた気がした。けど、大人の女にはぐらかされたのかもしれない。
時代考証:電話 当時、家から電話ボックスまで歩いて5分くらいだった。当時通っていた小学校のわきにあった。ほんとにボックスで丸い穴があいていて、その穴の中に手をかけてドアを開け閉めした。上半分だけガラスの窓で夏蒸し暑く、冬は入ったことがないのでわからないが、おそらく寒かっただろうと想像できる。家にももちろん電話はあったがかけれるわけがない。
最初に我が家に電話が来た時、お袋は歩いて10分かかるタバコ屋までわざわざ自宅へ電話したいがためにわたしに電話の前で待ってろと言って出かけていった。しばらくして電話が鳴った。お袋だった。 お袋「もしもし」わたし「もしもし」 お袋「よく聞こえるねぇ」・・・あたりまえだ!他に話す事は何もなかった。
その後、高校3年になるまでわたしの恋愛は冬の時代を過ごさなければならなかった。
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