単純に「越後七不思議」などと考えていたのだが・・・実は幾種類もの「越後七不思議」があることがわかった。有名なのは「親鸞聖人の越後七不思議」で聖人が越後で起こした七つの奇跡のことをいっているもの。
また、1700年代の京都の医者で橘南谿という人が書いた「東遊記」という本にも出てくる。これは紀行文で「東遊記」を書く前には西の方(おそらく中国、四国、九州か)へ旅して「西遊記」も書いている(中国四大奇書の西遊記ではありません)二冊で「東西遊記」として江戸時代のベストセラーとなったそうである。紀行文だからあながち嘘八百を書いているわけでもないと思うが、恥ずかしながら未だに読んでないのでわからない。
燃える水、無縫塔、火井などの越後七不思議、矢の根石、八ツ房の梅、即身物などの俗説十七奇などの考証・・・とあるのは橘崑崙の「北越奇談」の第二巻の内容である。こちらもぜひ読みたいのだが、その他にも良寛さんの越後七不思議など調べればきりがない(これは嘘っぽい)
実は「七」という数字は後世に勝手に語呂合わせ的につけたものだというのが私の最初の考えだった。越後の不思議とは「日本書紀」だか「古事記」だかに燃える水(石油)と白兎(本体か毛皮か)を朝廷に献上したという記述があるそうで、この辺のところから越後に限らず珍しいもの、未だかつて朝廷が見たことないようなものが各地(支配地?)から献上されたという事実はあったものと思われる。それが高じて伝説や不思議となったのではないだろうか。他の県や地方でも「七不思議」は幾多もあるようだから。
私が個人的に興味を持っているのは橘南谿の「東遊記」と橘崑崙の「北越奇談」のほうである。しかし実際に取材やなんだとかんだと動き回らなければならないとしたら、また圧倒的にネット検索で出てくるのは親鸞聖人の「七不思議」のほうなので、こちらの方が手っ取り早い気がしている。
ネット検索で圧倒的な数がでてくるのは宗教と町おこしの両方がかみ合ってるからか仕方ないにしても、越後の歴史上これではいつの間にか親鸞聖人の七不思議が越後七不思議・・・なんて事にもなりかねない。それはちょっと困る。
幸いにも我が家は核家族で未だに仏壇はないが、確か母方の実家は浄土真宗だったと思う。 親鸞聖人は越後では布教活動で成功を収めたわけである。
そういうわけでとりあえず「親鸞聖人の越後七不思議」から・・・ |